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都会と田舎 「N.Nという人生」

よく死刑の基準ででてくる「永山基準」。
青年の猟奇的な殺人事件があると出てくる「永山則夫」。

1968年、4人の人を銃殺したという衝撃的な事件でしたが、
都会という場所に飲み込まれてしまった、一人のどこにでもいる若者だったような気がします。
事件の内容はネットで詳しく書いてあるので、そこは置いといて。

Photo 金の卵として青森県の貧しい家庭の永山にとって、東京は故郷の貧しい暮らしとは違う、きらびやかな夢の生活を期待させる場所でした。彼は、高級品(アメリカ製のタバコやファッション)を買って都会人を気取る一方で、都会の若者との間に違いを覚えました。
どんなに高級品を買っても、東京っ子のようにおしゃれにできない。
(当時は銀座のみゆき族などが流行っていた頃→)
彼は、そこに他人が自分に向ける軽蔑の視線を過剰なまでに感じ(「あいつ田舎者だ」)、田舎者として都会へ馴染めない苛立ちと無念さから事件を起こしたといえます。貧しい田舎にも、東京にも居場所が無かった孤独な若者。
見田宗介は、そんな永山が田舎から都会に上京したときの苦悩や孤独から、人の素性が知られていない都会にとって、人は他人から見た目で判断されることを指摘しました。

―都会のまなざしとは何か。具象的な表相性(話す言葉、容姿、持ち物)にしろ、あるいは「履歴書」に象徴される抽象的な表相性(肩書き、出身)しろ、(略)ひとりの人間の総体を規定、予測するまなざしである       
                  見田宗介『まなざしの地獄』より ( )は私が勝手に補足

就職活動は、社会人への第一歩なんて表現の仕方がありますが、
まさに履歴書(生まれや学歴)や見た目(きちんとしたリクルートスーツ)で判断されることは、見田が言う「都会のまなざし」でしょう。
私たちはそんな社会にうまく付き合っていくか、馴染めなくて苦悩し最終的に孤独になるか、どちらかです。

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「気分をかえて」(原曲:山崎ハコ、アイドル時代の香坂みゆきのカバーが個人的に好き。)

現代は、まさに「気分を晴らした者が勝ち」な社会です。
前向き、ポジティブ、プラス思考・・・ちょっとでも思い悩んでしまうと負けてしまいます。
地方出身が多い東京で、満員電車に揺られる多くの都会人がなんとか気分をかえようとしています。ある意味で都会での苦悩、孤独をなんとかごまかしているのかもしれません。

追記

先日、大学生に向けて、「都会と田舎」というテーマで授業をしました。
コミュニケーションの特徴が説明するのが主でしたが、
個人的には、都会にはじめて来た田舎者の戸惑いや馴染めない苦悩なんてのも感じ取ってもらいたかったですが・・・
私の説明が下手だったこともあり、伝わったか心配。

おやすみなさい。

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