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久しぶりの更新。

もう2週間以上前、

忌野清志郎のお葬式の様子がテレビで流れていましたが、

竹中直人ってあんなに気持ち悪かったっけ??

 

過剰なほどの泣きで別れの言葉を発していた竹中直人は、自分の演技に酔っているかのように見えて、私にはきつかったのですが、

今日書きたいのはそのことではありません。

 

お葬式での別れの言葉はやはりいるのでしょうか?

 

私の祖母が昨年亡くなったのですが、お葬式で家族の別れの言葉を言うべきか、言わなくてもいいのか最後まで迷っていました。

結局、いろいろ細かいことがあって、

別れの言葉を手紙に書く時間も気力もありませんでした。

 

お葬式が終わった後に、親戚から

「おばあちゃんにあんなに世話になったのに、お葬式で別れの言葉もないの?」

と言われたことが今までどうも引っかかっていました。

 

やっぱりあの時、手紙を読むべきだったのでしょうか?

家族だけで納棺をした時に個人的に声をかけたので、思い残すことは特に無いのですが、

やはり、他者が見ている前(葬式)でも声をかけるべきだったのでしょうか?

 

しゃべりがうまくない私にとって、竹中直人のようにすばらしい言葉をかけられそうにありません。

「感動的なことを言わなきゃ!!」などと深刻に考えて緊張しそうです。

大したことでも無い出来事を、感動エピソードに膨らまそうとするかもしれません。

 

でもやっぱり、親族(大抵は孫)の別れの言葉は、

結婚式の親への手紙のように定番の儀式のような気がするので言うべきだったのかも。

後、悲しみを他人に伝える上では、韓国や中国にある「泣き女」なんて、ある意味でうまく考えられたものなんでしょうね。

 

なんかよく分からなくなってきたので、もう寝ます。

おやすみなさい。

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