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春の写真たち。

「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」

この時期になると、必ず見かける在原業平の和歌。

「桜の咲くのを待ちわび、散るのを惜しんでしまう。桜がなかったら春をのどかな気持ちをで過ごせるのに。」といった意味。

 

この季節になると桜や梅の花を、カメラや携帯でパシャパシャとっている人を多く見かけます。

さびしい冬の時にはそんなに撮らないのに、

なんと現金な人達でしょう。(私も含めて。)

 

ということで、私が撮った春の写真をアップしたいと思います。

P1010327 ←↓大学構内の写真。梅。(3月上旬に撮ったので、とっくに梅は散りました)

P1010335_2   

P1010337_2 ←↓大学に行くまでに咲いていた花。(この紅いのも梅でしょうか?)↓はたぶん梅。

P1010394_2  

  ここからはすべて目黒川沿いの桜です。(3/27に行った時にほぼ満開だったので、今頃は少しづつ散っていることでしょう)

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P1010428  

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読書レポート?その4

今回はレポートというより、ただの感想です。

メタボラ Book メタボラ

著者:桐野 夏生
販売元:朝日新聞社
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600ページにわたる厚さや内容の重さながら、一気に読める面白さもあった。
(詳しいことを書くのは読む楽しみを奪いますので、内容には触れませんが・・・)

沖縄を舞台に、記憶喪失のギンジと、家出してきた宮古島出身のアキンツ(ジェイク)の2人の視点から、沖縄基地、ニート、ワーキングプア、DV、家族崩壊、バックパッカー、ホスト、ゲイ・・・と次々に現代社会の特徴的な事象や問題(特に若者に関する)が描き出されています。
そこは、「希望」や「夢」といった言葉がまったく存在しない世界です。
主人公と同年齢の私は、明日はわが身かもしれないと思うと、今の現実のあまりのつらさを感じ、気持ちが悪くもなりました。 

野坂昭如が毎日新聞で連載している「七転び八起き」で、戦後の混乱期を生きてきた野坂の体験から見た、今のネットカフェ難民についてこんなことを書いていました。

「戦後ぼくは、食うものは勿論着るものも寝る場所もなく、ようやく手に入れたテカテカの学生服を看板に、ウロウロしていた。朝起きると今日食えるもの、今夜どこで寝るかをひたすら考えていた。だがまわりもすべて同じようなもの。日本全体が貧しかったのだ。今、昔と違うのは、ネットカフェ難民から上へはなかなか這い上がれる世の中ではないということ。」                                     (08年3月10日朝刊) 

最後の「上へはなかなか這い上がれる世の中ではない」という指摘は、メタボラで描かれていたものと同じです。

現代社会は底なし沼みたいなものでしょうか?
一度はまったら、いくらもがいたところで、後はゆっくりと沈んでいくだけです。 
ただ、タイトルの「メタボラ」(ギリシャ語、metabole、変化)とあるように、記憶喪失の主人公が「磯村ギンジ」と偶然付けられた新しい名前を頼りに、なんとか必死に生きていこうとする姿を描くことで、この現代社会は、新陳代謝(metabolism)していけるのだ、しなければいけない、という気持ちを桐野はこの本にこめたのかもしれません。

ま、一度読んでみてはいかがでしょうか?

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そういえば、

私と母と姉は顔、雰囲気がそっくりだと言われます。

家族ですし、当然といえば当然です。

顔だけでなく、性格や癖も家族と似ている点は多いです。

 

毎日、テレビをつけっぱなしにしながら寝る癖は父親ゆずりです。

酔った時に気前よくなる性格は、兄と似ています。

食べたものを何度も口の中で反芻してしまう癖は、祖父からの遺伝でしょうか?

卵焼きに砂糖をたくさん入れるのは、祖母の味です。

なんとなく聞いて好きになった「ちあきなおみ」は、母親が若い頃に好きでよく聞いていたことを知ったのはごくごく最近のことです。

 

そういった似ているところを発見するとうれしくもあり、一方で家族というつながりの深さに戸惑いm恥ずかしさや驚きを感じるのも事実です。

実家から離れてみてはじめて実感しました。

 

今回の文章は、他人から見ればどうってこと無い内容ですし、

別に深い意味はありません。

ただなんとなく書き残しておこうかと思いました。

数年後にでも、またこの文章を読み返して、同じように思うのか?それとも、こっぱずかしく思うのか?

どのように感じるか楽しみです。

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春です。

前回から更新が大変滞っていました。

 

さて、もう春です。

実は、桜と梅の区別がはっきりとつかないタケダです。

P1010319_2 ←これは、サクラ?ウメ?

P1010325_2ウメでした。 真っ赤な色をしていると梅だとはっきりわかりますが、薄ピンク色の花だと遠くから見ても、桜との区別が難しいものです。 (そういえば、桃の花も似ているな)

 

話は変わりまして、

東京に来るまで、漠然と東京(関東、太平洋側)は、毎日、春のような陽気で穏やかな日ばかりだと思っていました。

(実際は、雨も降れば、雪も降ります。)

そういえば、私の実家(山形)のお向かいさんが、長年住み慣れた山形を離れ、神奈川県のマンションに引っ越した時に、

「毎日晴れているんだよ。」と感激していたっけ。

冬は雪と、厳しい環境の日本海側に住んでいる人にとって、

どうも太平洋には憧れがあるような気がします。

「晴れ」ということに妙な憧れを持っています。

 

去年末、NHKBSでやっていた吉永小百合主演のドラマ「夢千代日記」(81年放送)にこんなセリフがありました。

「表側に行こ、表側に行ったらええことがある。あの人がそう言うんで、あたしもなんかそんな積りになって、ついて行ったんです。・・・ほんと、むこう側は、冬も晴れとる。毎日、晴れとる。ああ、こんなにちがうのか思うて、なんかうれしかったです」

 

このドラマは、山陰の寂れた温泉街を舞台に、そんな街で働く芸者たちの視点から裏日本(日本海側)で生きる人々の心情を描いています。

先ほどのものは、そんな街から男と逃げ出した芸者市駒のセリフの一部。

表日本(太平洋)に憧れる、裏日本(日本海側)の人の心情を、「毎日、晴れとる。」という言葉でうまく表現していると思います。

しかし、東京から戻ってきた息子と旅館の女将が、経営難の旅館を大手の観光チェーンに売り渡すかどうか話す場面で、売り渡そうとする息子に向かって女将がこんなセリフを言います。

「あなたは、冬になると、いつも口惜しがっていたよね、こっちは雪ばっかりなのに、表側はいつも晴れている。あたしも、そんなに思った時期もあったけど、今はそんなに思わないね、冬はさむくて雪が降る。そのほうが当り前じゃないかと思うよ。いつも晴れているほうが、おかしい、間違ってるんじゃないかねぇ」

こう言って、女将は旅館を存続することを決めます。

先ほどの市駒も、東京に行っても生活がうまくいかず、最終的には駆け落ちした男を殺してしまい、逃走。また、山陰の裏寂れたあの街に戻ってきます。

 

私も、いつかこんな感情を持つのでしょうか?

今年の冬は大変寒く、春を待ち遠しく思っていたので、少なくともまだ東京に居たいようです。

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