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図書館レポ 「そんなの聞いてないよ~。」

今日、大学で「学内懇談会」なるものが行われました。

大学院生と、大学長などのお偉いさんや事務の方を交えて、院生の要望を聞いてもらえる場です。

院生図書委員の私は、「とりあえず座ってればいいよ」と言われたので、何の気なしに参加したら、

急遽、私が事前にとった図書館アンケートを、私が発表することに。(司会の方がデータを基にまとめて発表してくれると聞いていたのですが・・・)

 

それはもういいです、確認しなかった私が悪いんですから。

図書館の要望として挙がっていたことを読んでいると、

図書館でバイトをしている私にも少なからず関係していることばかりで、まるで自分の首をしめているような心境でした。

 

最近、図書館でバイトをしていると、

「本当に学生(利用者)が自分の欲しい資料に行き着いているのか?」という疑問がふと挙がりました。

私が図書館のカウンターに座っていると、パソコンで図書館のデータ検索をして、何も借りないでさっさと帰ってしまう学生をよく見ます。

欲しい図書が既に借りられていたから?

検索でヒットしなかったから?

なんのために図書館に来たのでしょうか?

 

そういったことは、実は、カウンターに一言、声をかけてくれば簡単に解決することばかりなのです。

資料はすぐ予約できるし(HP上では出来ないが)、

検索に関しても、データを入れてない、もしくは間違って入れているものもあり、結果としてヒットしない、などの要因があります。

利用者が、パソコン上のデータだけで終了、自己完結している場合が多いような気がします。

これは、学部生だけでなく、院生にも言えると思います。(少なからず、バイトをする前の私はそうでした)

 

図書館では、利用者に対して、一人で検索、資料を探せるように説明していますが、図書館側がまったくサポートしないわけでは無いのです。

この自己完結には、

そこまで必死になる程欲しい資料ではない、もしくは図書館の人とコミュニケーションするのが億劫、し辛い環境だ、など様々な要因があるでしょう。

全体的に、図書館との接触を少なくしたい傾向にあります。

そういえば、今回、自動貸出機を置いて欲しいなんて要望もありましたね。

 

数年前に、古本屋でアルバイトしていたことがあるのですが、

中年のおばさん、おじさんは、対面などを気にせず店員にしつこいくらい質問してきました。(そもそも、自分で探すのが面倒くさい、よく分からないから店員に任せるといった感じでしたね)

いまさらながら、「何かを探す」(情報、本・・・)時の意識、行動が、年齢、環境によってかなり違うようです。

 

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今日は、懇談会でとても疲れました。

ヤケ酒、一人酒です。

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山形へ行きたい ~慈恩寺編、その2~

前回に引き続き、慈恩寺への旅の続編です。

 

慈恩寺というと、「慈恩寺舞楽」ってのが大変有名なのです。国指定民俗文化財として登録されているため、毎年、奉納されている様子が、テレビや新聞などあちらこちらで目にします。

Bugaku 5月5日に奉納されてる「慈恩寺舞楽」(こちらもお寺同様、長い歴史がある)

名前、舞楽は知っていても、お寺の事は意外と知らないということもあり、今回の旅に至ったのです。

 

200709141523000 境内の様子。

せっかくなので、中を拝見してみる。(拝観料500円)

見学者が私一人ということで、お坊さんと一対一でみっちりと説明を受ける。

慈恩寺の成立、本尊の話など、山形弁で饒舌に語ってくれました。

一番印象的だったのが、国の重要文化財である「十二神将」を直接見ることが出来たことでしょうか。

Jionnji1

躍動的な仏像が12体。

重要文化財なのに、けっこう気軽に見せてくれました。

よくよく見ると、目にはガラス球、口には歯までつけられていて、非常に丁寧に作られている。

こういう類のものは、博物館では、ガラスケースに入ってよく見えないけど、近くで見ると大変迫力がある。

 

最後に、興味深い話を聞く。

慈恩寺は、檀家がある普通のお寺のように個人からのお布施で成り立つものではなく、

国、藩などの支援を受けて成り立っていて、

国からの保護が受けられない今、お寺のお賽銭、拝観料(入場料は取られない)だけでは食べてはいけないとか。

慈恩寺のお坊さんの多くが、近くで農業や普通の仕事をしているのが、慈恩寺の現状の姿だそうで。

くしくも、私の中学生の時の同級生で、檀家のあるお寺の住職の後を次ぎ、外車を買ったという話を、その後聞くことになる。

200709141513000

慈恩寺を上る急な坂から見えた風景。

9月中なので、刈り入れ前の稲が一面に広がっていた。

~その後~

「慈恩寺そば」が美味しいということを聞き、名前だけを頼りに辺りをさまよう。

(実は、慈恩寺から歩いて20分以上かかる。)200709141434000   

200709141658000_2昔の民家を店として改造したとか。 

東京にあるような、わざと店内を古く見せる店とはやはり違い、煤けだって本当に古い。

200709141655000 板そば。(板の上に田舎そばがある。山形名物だというが、私はこの時初めて食べた)

田舎そばは、普通のそばと違って非常に太く、硬いが、やはり私はこういったそばが好き。(噛めば噛むほどそばの香りと甘さが広がって、そばつゆをつけない方が美味しいかもしれない)

 

と、長々と書いてしまった今回の旅。

ぜひ、電車で行くことをお勧めします。(2時間に1本ですけど)

このシリーズの次回の更新は、また山形に帰った1月に予定。

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図書館レポ 「I教授によせて」

今年お亡くなりになった、我の所属している大学で大変高名な「I教授」。

ちょうど今日、I教授を偲んで、シンポジウムが大々的に開かれていました。

 

生前、授業を受けたことはなく、面識がなかったのですが、図書館の仕事の一環でひょんなことから少しばかり関係することになりました。

I教授が、大学図書館で借りていた本を返却してもらうことになり、私は、教授の貸出リストをチェックする仕事を任されました。(もしかして、本が返却されているかもしれないので。)

そこで、そのリストを頼りに図書館のあちらこちらを探索することに。

I教授は、哲学、経済に大変造詣が深く、難しい洋書など様々な本を借りていたようでした。

 

ただ、リストの中で、生前最後に借りた本が、他の本とはまったく系統の違う本で、印象深かったのを記憶しています。

たしか、『大衆化する大学院』というタイトルだったと思います。

 

大学院生である私には、何かとても耳が痛かった印象を受けました。

I教授は一日10時間以上研究をする程、研究熱心な方で、

この本のタイトルを見ていると、

まるで、教授に「まだまだ努力が足りない。もっと研究には熱意と執念を!!」とでも怒られているような錯覚を覚えました。

教授がこの本を借りた真意はもうわかりませんが、

大学院生の数が増加する一方、大学院の質が問われている現在、

もしかすると、現在の大学院生に対して、I教授からのメッセージなのかもしれません。

 

今後、少しでもI教授に近づくように、私も含め大学院生がもっと努力をしなければいけない、と感じ、大雨が降りしきる中、家路を急いだ一日でした。

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山形へ行きたい ~慈恩寺編、その1~

大学での夏休みを利用して、9月に実家である山形市に帰省してきたのですが、

今まで18年間も山形に住んでいて、いかに山形周辺の地域に疎かったということを度々痛感していました。

(「山形の観光スポットは?」なんて聞かれても、私は知りませんよ。)

今回の帰省では、ガイドブックにあるような「山形の観光スポット」にあえて行ってみて、もう一度山形という場所を思い直そう、という壮大な目的を密かに立てていました。

もちろん一人旅です。

 

第1弾は、山形市から北にあるさくらんぼで有名(チェリーランドという観光スポットが有名)な寒河江(サガエ)市近くにある「慈恩寺」に行ってきました。Sagae_2

山形市から、2両編成の電車に乗り、一面田んぼと山に囲まれた風景(途中、最上川を渡る)に揺られること30分。「羽前高松駅」に到着。

そこから歩くこと、20分。 

200709141502000 ←これは、慈恩寺近くを流れる「寒河江川」(あの有名な最上川じゃないよ)昔(江戸時代)は多くの船が行き交い賑わっていたとか。

200709141515000_2奈良時代に聖武天皇によって開かれ、国の重要文化財となっている「慈恩寺」に到着。民家の中を抜けると突然うっそうした木々が、その奥に慈恩寺の本堂がある。

200709141522000 1618年に建てられた本堂。三重塔同様、焼失、再建(最上氏)を繰り返し、現在に至っている。茅葺き屋根で荘厳な雰囲気。

200709141526000こちらは本堂から少し歩くとある三重塔。 非常に歴史を感じる重厚な作りです。

200709141526001実は隣には民家が何軒もあります。

普通の住宅と、歴史のある建物が混在しているなんとも変な空間。

200709141518000こちらは、幽霊が出そうなため池。         昼なのにこの怖さ。絶対何か潜んでいます。

慈恩寺は、1000年以上まえから続く、東北地方の歴史あるお寺(国の繁栄を祈願する大きな寺)であり、その一体に小さな寺が多数あり、一大参拝スポットとして機能していたそうです。

いまは、その面影も無く、本堂周辺の建物のみを残す形になっています。

(お寺のお坊さんから聞いた話によると・・・)

以前は無数にあった寺が、明治時代の神仏分離によって急激に衰退し、

それが個人の住宅へと変化し、現在のように民家の中に突然由緒ある建物が存在することになったとのことです。

「慈恩寺」は、実に霊験あらたかな雰囲気もあれば、京都などのように極度に観光スポット化もされていない日常的な雰囲気も同時に感じられる場所でした。

パート2へ。

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お知らせ。

「チャリティブックリサイクル 武蔵野・本がくるくる3」

日時:10月20日(土)・10月21日(日)

    10月27日(土)・10月28日(日)

    午前9時30分~午後4時

場所:武蔵野市中央図書館 前 広場(27日と雨の場合は同図書館内)

 

主に1970年~85年ごろに出版された、日本十進分類法による4類~6類(自然科学・技術・産業分野)の書籍約5000冊をリサイクル品として無料で市民にあげているんだとか。

4類: 自然科学・数学・物理・化学、天文学・宇宙科学・
地球科学・地学・生物学・植物学・動物学・医学などの
一般書のほか、専門書、辞典、辞書

5類: 技術工学・建築/土木工学・機械工学・電気工学・海洋/船舶工学・
金属/鉱山工学・化学/製造工業・家政学・生活科学(料理・手芸)
などの一般書のほか、専門書、辞典、辞書

6類: 産業・農業・園芸・畜産業(ペット動物)・林業・水産業
・商業・運輸/交通/観光事業・通信事業などの
一般書のほか、専門書、辞典、辞書

くわしくは、http://www.library.musashino.tokyo.jp/aizo/aizopage1-0.htm で。

 

残念ながら、私にとってあまり興味の無い分野かも。

ま、明日、本を借りに行くときに見てみますか。

なんか、最近、武蔵野市立図書館の広報みたいな事をしているような・・・

 

~後日談~

日曜日に武蔵野市図書館に行ったので、ちょっと覗いてみました。

やはり、主に、科学系・工学系の専門的で私にとってあまり関係ない資料が多かったのですが、「無料」という点はかなりお徳でしょう。

 

「昨日の戦利品」200710222254000

NHK放送世論調査所編『テレビ視聴の30年』(1983)辺りなんて、結構使えそうなグラフが満載でした。

掘り出し物ゲットかも。

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読書レポート?その4

富田英典、藤村正之編『みんなぼっちの世界―若者たちの東京・神戸90s・展開編』(恒星社厚生閣、1999

<要約>

学生コンパで場を盛り上げるためだけにイッキ飲みをしたり、カラオケボックスで誰かが歌っているのにも関わらず相手を見ず他の事をしているなど、現在の若者を取り巻く状況を粒さに見ると、それまでの考えでは捉え切れない状況がある。本書は、95年に東京・神戸で行ったアンケート調査(1629歳まで)を元に、90年代の若者(団塊ジュニア、19721981生まれ)の行動や意識の一端を明らかにしている。

若者各々が勝手に行動するが、みんなでいることは崩さなく、常に「みんな」という演出を欲しがる。個人主義とも集団主義とも言えない曖昧な雰囲気に満ちた世界があった。本書では、G.ジンメルの「ふたりの孤独」(恋人、夫婦が陥る孤独)という概念を用いて、若者が濃密なコミュニケーションなどという「うざったい」ものを避けつつ、一方で集団としてまとまろうとする関係を「みんなぼっち」と名づけた。「みんなぼっち」の世界では、外部との境界線に意味があり、そこでの範域にのみコミュニケーション回路を限定し、内部空間(友人などの集団)は、親しさと希薄さがともに漂う非常に狭いものであった。これは、宮台真司が言う「島宇宙」(極少人数で同質な関係による集団)に近い。

そして、「みんなぼっち」の世界では「他者」という存在が無いというのも特徴的である。核家族化している現代、若い世代の人間関係が希薄になっているのが現状である。家族(親、兄弟)、友人以外の関係(近隣の人、叔父、叔母)、つまり地域共同体というものが崩壊し、一般的な規範や道徳を学ぶための重要なモデルである「他者」の存在が弱体化している。そういった中で、距離感を保つ人間関係によって、他者理解に伴う問題を回避している。この狭い人間関係しか持たない特徴は、G.H.ミードの、具体的な周囲の他者(親、兄弟、友人・・・)を真似することで自我を形成する「プレイ段階」に当てはまり、見知らぬ他者と共有されたルールの元に自我形成する「ゲーム段階」(「プレイ段階」の後に発生する段階)には至っていない。

結果として、「みんなぼっち」の世界にある自我(自己意識)は確固としたものではなく、「自分探し」をしたり、一方で一貫した自己などなくその場で振舞うすべての姿が「自分」であると考えたりする若者が出てきている。そんな危うい自己のイメージを防御、傷つかないための戦略が、「みんなぼっち」である。そんな世界の中で、現代の若者はお互いにコミュニケーション回路を自由に開け閉めし、他者と一定の距離を取ろうとしている。

<参考文献>

ジンメル、清水幾太郎訳『日々の断想・愛の断想』(岩波文庫、1979

宮田真司『制服少女たちの選択』(講談社、1994

ミード『 精神・自我・社会』(人間の科学社 , 1995

ここからは、この本を読んでの感想、勝手な私の見解です。

この調査が行われてから、2年後の97年。 「酒鬼薔薇事件」が起き、その時から急激に「少年犯罪」というものが新聞、テレビでクローズアップされ、「キレる10代」なんて形容詞が若者(中・高校生あたり)に付与され始めた記憶があります。

酒鬼薔薇と同年代の私は当時中学生(15歳)であり、少なからずこの事件によって世間から若者(中、高校生)に対してマイナス、危険なイメージ(否定)が付与されたような気がします。

そういった中で、私を含め当時の若者が世間に対して卑屈な態度、あきらめをどこかで抱いてしまったのかもしれない。(少なくとも私は当時そんな印象を受けました。)

一方、先述の「みんなぼっち」の若者(95年時点)では、他者とのコミュニケーションの煩わしさを回避するのが目的であり、そこには社会に対してのあきらめとかそういった感情は無いように思われます。

「みんなぼっち」以降、若者の取り巻く環境の転換点を迎え、それに伴って若者の社会に対する意識もどこか不安、あきらめ、孤独を帯びたものになっていったのかもしれません。

それでは、さらに10年経った現在の若者はどうなのか?

それは、本書の続編である岩田考他編『若者たちのコミュニケーションサバイバル―親密さのゆくえ』(2006)を読んでからまたアップしたいと思います。(なるべく早めに!!)

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